ウィリアム・ジョン・エヴァンス(William John Evans, 1929年8月16日 – 1980年9月15日)は、アメリカのジャズ・ピアニストである。
エヴァンスの作品はジャズ・ミュージシャンの中で知名度が高く、中でもベースのスコット・ラファロと録音した諸作品(特にアルバム「ワルツ・フォー・デビー」)は、ジャズを代表する傑作としてジャズファン以外にも幅広い人気を得ている。
ビル・エヴァンス・トリオのまとめサイト: 100BillEvans.com
クロード・ドビュッシー、モーリス・ラヴェルなどのクラシックに影響を受けた印象主義的な和音、スタンダード楽曲を題材とした創意に富んだアレンジと優美なピアノ・タッチ、いち早く取り入れたインター・プレイ、といった演奏は、ハービー・ハンコック、チック・コリア、キース・ジャレットなど多くのピアニストたちに多大な影響を与えたほか、ジョン・マクラフリンといった他楽器のプレイヤーにも影響を与えている。
1929 年8 月18 日、米国ニュージャージー州プレンフィールド生まれ。本名はWilliam John Evans。最初にフルートとヴァイオリンを学び、6 歳の頃からピアノを始める。13 歳の時、兄ハリーが組んでいたハイスクール・バンドで演奏。
46 年からニューオリンズの「サウスイースタン・ルイジアナ・カレッジ」で4 年間ジャズを学び、同地でマンデル・ロウ(g) やレッド・ミッチェル(b) 等と共演。50 年にハービー・フィールズ楽団に6 ヵ月間在団した後、約3 年間の軍隊生活を経て、 54 年にジェリー・ウォルド楽団に加入し、初録音を果たす。
1956 年3 月から12 月にかけてのジョージ・ラッセルの『Jazz Workshop』に参加し、これが縁で当時新しいピアニストを探していたマイルス・デイビスのグループに1958 年2 月に加入。一年足らずで同グループを離れるが、翌59 年にマイルスの作品『カインド・オブ・ブルー』録音の為に一時的に再加入。
1959 年から自己のピアノ・トリオを結成。幾度かのベースとドラムの入れ替えがあった後、スコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds) とトリオを結成し、Liversideレーベルで、伝説の「リバーサイド四部作」を録音。
- Portrait in Jazz / ポートレート・イン・ジャズ
- Explorations / エクスプロレイションズ
- Waltz for Debbie / ワルツ・フォー・デビイ
- Sundy at Village Vangaurd / サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード
1961 年7 月にスコット・ラファロが自動車事故で急死したことが、ビルの音楽活動に多大な影響を与え、一時音楽を断念することも考えたが、ベースにチャック・イスラエルやエディー・ゴメス等を迎えるなど、トリオによる活動を続けた。
1973 年に初来日。その後も晩年まで精力的に演奏活動を続け、数々のトリオ作品やソロ作品を発表した。1980 年9 月9 日から出演していた「ファット・テューズデイ」で演奏中に倒れ、その数日後の1980 年9 月15 日に息を引き取った。死因は肝硬変、気管支炎、出血性潰瘍とされる。享年51 歳。